宝蔵院流高田派槍術 | 関西格闘技大全
練習風景

宝蔵院流高田派槍術

体育館

宝蔵院流高田派槍術は、安土桃山時代から江戸時代にかけて、三重県の伊賀や兵庫県の明石などで活躍した、武士であり槍術家の高田吉次が完成させた槍術です。

もとは現在の奈良の興福寺で、武芸を好む僧が学び、後世に伝えたもので、柳生新陰流剣術と並んで、奈良を発祥とする武術として今も伝えられています。

江戸時代の末期には、槍術の流派は148もの数が栄えていたそうですが、明治の廃刀令などによって、現在では数はかなり減ってしまいました。
その中でも450年近く伝統を守り抜いているこの宝蔵院流高田派槍術では、関西の奈良の道場本部や習心館、郡山など奈良県内に3つの道場を持ち、大阪にも1つ、さらには名古屋やドイツのハンブルグにも道場を展開し、伝統的な古武術の発展に努めています。

宝蔵院流高田派槍術の稽古では、よく使われているまっすぐな形の素槍でなく、槍の穂先が十字の形になった「鎌槍」というタイプのものを用いて行うのが特徴で、突き以外にも巻き込みや摺り込みなど、ひと味違った技が学べます。